しにがみ

あー、もう駄目だ。UFAにこれまでさんざん貢いで来たけど、もうどうにもならない。相撲のメンコ、お手上げだ。金のないのは首のないのとおんなじっていうがホントその通りだなあ。
ハロプロカードも支払い不能連発したら取り上げられちゃったしなあ。チケット代やらグッズ代やらの支払いで借金だらけだし。このままじゃどうにもなんねえや。
ヲタやめようかなあ。うん。やめよう。こんな暮らしはいずれ続かなくなるし。すぱっと今日から。……でもなあ、もうチケ代はらっちゃったしなあ。
チケットくれば行かざるを得ないしなあ。でもなあ。いや……
おい。おい。
……?なんだ?
おい。
あれ、スカイプから聞こえてるのか。あの、どなたですか。
わしか?わしは死神だ。
死神?死神……さんが何の用で?
お前、今、ヲタをやめようと考えていただろう。
ええ、確かに。よくわかりますねえ。さすが、死神だけのことはある。
ふん、世辞など言っても何も出ないがな。だがな、お前、ヲタをやめるんじゃない。
?何だい急に。なんだって死神がそんなこと言うんだよ。
まあ、聞け。アイドルを好きになり、推しメンのためあらゆる力をヲタは使う。その力はどこからでると思う。
??
人は皆、心の中に情熱を持って生まれてくる。その量は人それぞれだが、人と生まれたからには必ず持っている。
そしてアイドルに嵌り推しメンへ燃やすのが情熱の炎だ。勢いよく激しく燃えればそれだけ情熱を費やす、それとは逆に小さく燃えて長く長く灯すものもいる。
いずれにせよ、どんなヲタもいつかは情熱が尽きる時が来る。その時がヲタを辞める、ヲタ卒の時だ。
はー。なるほどねえ。ま、確かにブログとか見てると現場行きまくって更新しまくりの人ほどある日突然ぴたっと更新が止まったまま梨のつぶてになったりするもんなあ。
そうかと思うと現場にも行かないし不満たらたらのテンション低い更新が結構ずーっと続いてたりするからねえ。なるほどそういうのはあるかもしれねえな。
そして、お前だ。お前今ヲタを辞めると考えていたが、お前にはまだ情熱が残っている。だからヲタを辞めてもらっては困る。
情熱を使い切らないままあの世に来られると、こちらが迷惑なんだ。賽ノ河原でところ構わず着替える、赤鬼推しと青鬼推しで論争する、碌なことはしない。
はあ、あの世でもヲタは鼻つまみ者なんですねえ。さまよえるユダヤ人てのはおれたちのことだったのか。
だからだ。情熱が残っている者が来られても困るんだ。きちんと情熱を使い切ってから来てもらいたい。
ああ、まあね、俺もできることならそうしたいけどさ。何しろ金、金よ。先立つものがないことにはどうにもなんないってことさ。
金?金がなくても推しメンへ情熱を燃やすことはできないのか?。
それはね死神サン、苦しいところなのよ。一昔前みたいに地上波でタダでばんばん見れるような時代じゃないからさ、いきおい現場中心になっちまうのよ。
まあ、それでもモーニングとかだったらましだけど、俺みたいなあやちょ推しは一にも二にも現場、現場で。現場に行かないと話にならないってやつでさ。
そうか、まあ、色々大変だなそっちも。じゃあ、金があればヲタを辞めなくてもいいってことかい。
そりゃそうだよ。金さえあれば辞めなくたっていいやな。
じゃあ、お前に金を稼ぐ方法を教えてやろう。金があれば辞めないんだろう。
いや死神サンよ。本当に元手もなんにもないんだぜ、チケットの転売をしようと思ってもそのチケットを買う金がないくらいなんだ。
はっ。心配いらん。元手はかからんよ。今すぐにもできる。
……どうすんだよ。ヤバいもんじゃないだろうな。お縄になるのはごめんだぜ。
なあに、簡単なことさ。お前にこれから「眼」をやろう。
眼……、なんだそりゃ。
人の心のなかの情熱を見ることができる眼だ。この眼があれば、人の情熱の向きが一目でわかる。
向き?
有り体な言い方をすれば、推しメンだ。その人がいま、推している者の名前がアタマの上に浮かぶ。そういうことだ。
デスノートかよ。まあ、いいけど、それがどうして金になるんだよ。
その眼で見ると、中には名前が浮かばない者がいるはずだ。それは、まだ、情熱の炎を燃やしていない者。つまり非ヲタだ。そいつを見つけたら、こう呪文を唱える。
あじゃらかもくれん、たかはしすてむ、てけれっつのぱぁ。ポンポン、と二回手を叩くのだ。すると、そいつはたちまちのうちに高橋推しになる。そうやって、ヲタを増やすのだ。で、わしが話を通しておいてやる。事務所にその能力を売り込め。それ相応の見返りがあるはずだ。
ほんとかあ?嘘臭すぎるだろうよ。その話。
では、実際にやってみればよい。表へ出てみろ。


……まあ、確かに頭の上に名前が浮かんで見えるよ。前田敦子篠田麻里子、AKBだねえ。こうしてみると意外と大島優子の推しって見かけないねえ。
おっ、いたいた我らがハロプロですよ。平野智美。ひらっちかい。いいトコついてるねえ。……高倉健。はあ、そんなのもあるんだ。
大石もえ、立花里子、城麻美、憂木ひとみ、春菜まい……ほとんど知らないけどなあ。何の人たちなんだろ……
あっ!いたいた。何にも浮かんでない奴が。でも、顔色悪いし、覇気はねえし。ホントにこれ大丈夫なのか?まあ、いいや。ダメもとだ。
あんちゃん!あんちゃん!
んん?
あじゃらかもくれん、たかはしすてむ、てけれっつのぱあ!ポンポン。……うわっ!出た。名前が。
ああああ、あいちゃーん!
わっ!と。うわ。凄い勢いでどっか走って行っちゃったよ。すごいねえ。死ぬんじゃねえか。でも確かに効果ありそうだ。
……だろう。
!びっっっくりした!!急に出てくんなよ!
はは。悪かった悪かった。
……おめえ、死神のわりに随分普通のカッコだな。スーツなんて着てるの?今の死神は。
ほっほ。わしらもビジネスの世界に生きておるのだから、こんな恰好も必要に迫られてのことでな。まあ、よい。どうだ。効いただろう。
あ、そうそう。確かに効いたよ。すごいねえ。でも、これ高橋しかできないの?
そんなことはない。まあ、例えば雅推しの場合は、あじゃらかもくれん、みやびっち、てけれっつのぱあ。亀井推しの場合はあじゃらかもくれん、はめいえり、てけれっつのぱあ。
へえ、なるほどねえ。ヲタの前で言うとぶん殴られそうな呪文だけど、それでファンが増えると思えば悪い気はしないやね。
では、精進して励めよ。コンサ会場前なんかでやるといい。増えた人数に応じて、お前の口座に金が振り込まれることになっている。
随分手回しがいいね。まあ、いいや、こんな簡単なことで儲けられるんなら御の字よ。


さて、そんなわけで大層はりきって道行く人を見つめては老若男女、誰彼かまわず名前のない人に向かって、たかはしすてむだのみやびっちだのつぶやきかけては、そのたびに口座に金が振り込まれる。
そうやって、あぶく銭がたまって来ますと、人間碌なことになりません。日本全国ありとあらゆるところへ遠征だイベントだ握手会だなんて飛び回り、散財する。
そのうち呪文を唱えることもそこそこに放蕩三昧。遊びまわっておりますと、いくら金回りがよいとはいえ、懐に隙間風、また借金、借金の生活に逆戻りです。


ああ。しまったなあ。もう金が尽きちまった。でも、まあいいか。またちょちょいと例の呪文をつぶやけば金になるんだからな。よーし。今日は一つがっぽり稼ぎだ。


てなわけで、表に出て、適当に歩いてみるが、名前の浮かんでいない者に一向に出くわさない。しょうがねえ、今日はついてねえな、と次の日、またその次の日と足を棒にして歩きまわっても、とんと推し無しに出くわす気配すらない。
数が多けりゃってんで、新宿駅や渋谷の雑踏なんかに言ってみるが、これが見事に、一人もいない。名前のない奴がいないのです。そうなってくると、もう余裕なんてありません。


ちっきしょう。やばいよ。やばいよ。どうしよう。何でこんなに人がいて……一人くらいいてもよさそうなもんじゃねえか。なんだってこんな……うう。どうしよう。
あじゃらかもくれん、こねがきさん、てけれっつのば。ポンポン。これだけなんだぜ。なんとか……あれ?あいつ確か、加藤夏希って浮かんでたよな。ガキさんになってる……
まさか……、あじゃらかもくれん、くんにがお、てけれっつのぱ。ポンポン。……変わった。確かに変わったよ。そうか!何も名前のない奴探す手間なんかいらなかったんだ。よーし、こうなりゃこっちのもんだ


……ってんで、もう、手当たり次第。あたりかまわず、唱えまくって次から次へ名前を書き換えまくって、さあ暗くなってもう見えないってんで、家に帰ります。


ははーっ!今日は久々にはたらいたーっ!て感じだなあ。心地よい疲労ってヤツかい?へへへっ。いいねいいね。この充実感。労働の喜びってやつだねえ。
おい。おい。
ん?あっ!死神サン、ひさしぶり。元気してた?
ふっふ。死神に元気も何もないもんだが……お前さんは楽しそうだな。
ええっ、そうよ!何しろね。見つけちゃったの、金の生る木を。へへっ。これでもう遠征費だなんだって、そんなケチくさい金勘定は必要なくなったのよ。
おう、そうかい。それはめでたいな。……じゃあ、祝いに一杯やろうじゃないか。
お。そう?いいねえ、今日は俺も飲みたい気分だったの。んふふ。どうする?どこいく、どこ?もちろんおごりだからさ、いいトコいっちゃう?
ま、ま、今日はわしの行きつけがある。そっちでどうだい?
へえ。死神サンの行きつけの店なんて、興味あるじゃない。いっちゃおう。いっちゃおう。
じゃあ、こっちだ。後について。


がってんってんで、死神のあとへついていく。


あれ?ここ、109のハロショじゃねえの?このフロアに飲み屋なんて……あ、さらに地下?へえ?109なんてハロショ以外に縁がないから気がつかなかったけど、この下にも店あんだね。
ふーん。それにしても暗いねえ。なになに、今流行の間接照明って感じなの?これ?さらに下?あ、そ。こんなに地下があったんだね。へえ。
……うわ。なんだいこりゃ。広いねえ。フロアが一面蝋燭だよ。どこまで続いてんの?見渡せないよ……
ふふ。これが情熱の焔だ。
情熱の焔?
そう、お前さんには話しておいたな、人は皆、推しメンへの情熱を燃やしていると。それが、これだ。
へ、へえええ。あれって何?抽象的な概念じゃなくて、こうやって本物が燃えてるわけ?あ、そうなんだ。そりゃ知らなかった。じゃあ、これが……みんな……ヲタなんだ。壮観だねえ。
ほっほ。蝋燭に色がついているだろう。それが推しメンを表している。
はー、なるほどねえ。じゃあ、この赤が矢島で、こっちのピンクがさゆ推し?
それは、小春と桃子推しだな。
あ、なるほど、そういうパターンもあるのね。
そう、だから℃-uteのカラー変更のときなぞ、もうこっちはてんやわんやでな。上を下への大騒ぎ。何人か焔を移しそびれてしまったぞい。
はー、あれでヲタ卒したのも何人かいたのはそんな訳だったのか。……しっかし、こうしてみると長いのやら短いのやら、勢いもホントに人それぞれだねえ。
こりゃまた、電柱くらいの太さでゴウゴウ燃えてるのがあるね。すごいなこりゃ。
それは、デレシンさんの蝋燭だ。
マジ?!あのおっさんまだこんなに余力があるのかよ。すごいねえ。こっちのなんだか妙な形にねじれてんのは?
それは貴族さんの蝋燭だな。
へえ。不思議な感じだねえ。なんかこう、見る者を不安な気持ちにさせるね。……この、時々一瞬ばばばっと激しく燃え上がるのは?
それは、あいぼん厨の蝋燭だ。
あ!そうなの。ふーん。この勢いががーっとなるのがコンサ会場で叫んでるとき?へええ。意外とその他の時間は弱いんだね。
あらら。これは今にも消えそうだよ。蝋が流れちゃって地面から直接燃えてるみたいだ。これは誰の?
それは、お前さんのだ。
へえ、気の毒にねえ。……え、よく聞こえなかったけど、も、も一度言ってもらっていい?
それは、お前さんのだ。もうすぐ消えるよ。
ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよ。俺のがこんななの?!そんなわけないでしょ。まだまだ俺、だって、あやちょ大好きだぜ。そんなわけあるかよ。
ところがそんなわけ、あるんだ……。お前に教えた呪文な、あれ、ここにあるようなまだ火のついてない蝋燭に火をつける呪文なんだ。
……ほら、今火がついたな。これがヲタが生まれた瞬間だ。……お前、あの呪文で推しを勝手に書き換えただろ。そうすると、こうなる。
これまで火のついていた蝋燭から新しい蝋燭へ、焔が跳ぶんだ。そうして、これまで燃えていた蝋燭はそのまま残る。これが情熱の残りになるわけだ。
我々が情熱の残りを嫌ってるという話は聞きおぼえているな?
あ、ああ。まあ。
お前は今日さんざんそれをやってしまった。……まあ、それはよい。仕方がないことかもしれん。だが、そうやって懸命に呪文を唱えることがお前自身の焔を焚き付け、蝋燭の減りを早めてしまったのだ。これも運命。あきらめな。
あ、あきらめなったって、そんなの、簡単にあきらめるわけにいかねえよ。……じゃ、じゃあ、この火が消えたら、もう、あやちょへの情熱もきれいさっぱりなくなっちまうってことなのか?
そういうこったな。
じょ、冗談じゃねえ。ちょっとまってくれよ。そりゃ、金は欲しかったさ、でもよ、何でほしいかって、そりゃ、あやちょに会いたいからだろうがよ。あやちょを見たいからだろうがよ。
それが、その気持ちがなくなって金だけ残ったって、そんなの何の意味もねえじゃねえか。なあ、死神さんよ。なんとかしてくれよ。頼むよ。お願い……このとおりだ……
まあまあ、頭をあげな。こうなった以上、ヲタ卒したほうが幸せだと思うが、まあ、わしも鬼ではない。……ほら、ここに燃え差しの蝋燭がある。これをやろう。その火をこれに移すことができれば、お前の情熱は燃え続ける。
……も、もらうけどよ。色が真っ白だけど、これは一体。
あいぼん推しの蝋燭だ。つけばお前はあいぼん推しになれる。
なんだそりゃあよう……、あやちょじゃなけりゃ意味ねえじゃねえかよう……。今更加護推しになっても、続いていくのは辛くて苦しい道だけじゃねえか。やだよそんなの。あやちょないのかよ、あやちょ。
ふむ。残念だが、和田彩花の蝋燭はもう在庫切れだ。急に確変するとこういうことはままある。まさか、第1回の新人公演を見て、あの群馬の山猿がこんなに人気になるとは思いもしなかったからなあ。
なあ、なあ。頼むよ死神さん。俺とお前の仲じゃないかよ。お願いだから……いやだよ。こんな……あいぼん推しなんかになった日にゃ、地獄より辛い毎日じゃねえか……
ふむ……お前、不思議なヤツだな。普通これだけ弱火になれば、情熱も低くなってよさそうなものだが……ほっほっほ。まあよい。では、お前のその心に免じてチャンスをやろう。
今渡した加護蝋燭に火がついたら、その火をあやちょの蝋燭と交換してやると約束しよう。
ほ、ほ、本当だろうな。……よよよ、よし。やってやるよ。……やってやる……やって……
ほっほ。手が震えておるぞ。消えてしまってはどうにもならんぞ。しっかり持った方がよいのではないか。
う、うるせえ。だまってろい。
ほら、ほら。
この野郎……くそ……なんだってこんな……うっ
ほほ。泣いてる場合でないぞ。よく見ないと。
くそ。……あ、ああ。ついたっ。ついたぞ!ははー。やったっ!やった!
おお。ついたな。おめでとう。
ああ、あ……あああああああああああああいぼーん!
ああ、走っていってしまったぞ。おーい。あやちょに移し替えなくていいのかー?……消えた方が幸せだったかもしれんな……