こうやたかお

えー、舞台は名古屋大学学生寮でございます。


寮長、寮長。
ん?何?どうした?
久蔵の奴、三日ばかり起きてきませんね。
何だい。よくねえじゃねえか。風邪か?
いや。違うみたいです。
金か?
そう……でもないみたいなんですよ。
何だ、おい。いま流行の便所でメシ喰うっていうアレか?
いや、そのメシも食べないんですよ。夜も碌に寝てないみたいです。夜中に部屋から妙な曲が聞こえてきますしね。
おいおい。やばい宗教にでもハマってんじゃねえだろうな。しょうがねえ行ってみるか。
どんどんどん!おい!久蔵!久蔵!開けろい。
へい。
へい、じゃねえよ。おい、お前ここんとこずっと寝込んでるってえじゃねえか。どうしたんだ?
いや……その……
何だよ、はっきりしろ。
あの、好きに……なったんすよ。
え?好きって、誰を?
あの……さゆ。
??
道重さゆみさん。
道重?誰だよそりゃ。
いや、あの、その、モーニング娘の……
モー娘?また、ずいぶん古風なモンにはまってんなあ。俺も詳しかないけど、今だったらAKBとかそんなトコにいくもんじゃねえのか?
いや、そういうことじゃなくて、この前名古屋駅歩いてると新幹線乗り場に人だかりができてるんですよ。なんだろうと思って聞いてみると、モーニング娘がこれから来るんだって話で、そんなこと言ってるうちに車が横付けされて、女の子たちが足早に改札に向かって行ったんです。
おう。それで?
みんな可愛かったし、きれいだったんです。でも、その中にひと際きれいな人がいて、すいません、あれは誰ですかって、そう聞いたら、あれはさゆだよって言われて。もう決めたんです。
ふーん。それでのぼせちまったってわけか。で、好きなのか。
いや、あの、好きってそんな好きとは違うんすよ。
違う?何が違うんだよ?
本気なんです。
?何?
本気なんです。
もう一遍言ってみろ。
ほんき…
馬鹿野郎。お前アタマおかしいのか?ちょっと考えてみろ。相手はアイドルだろ。本気ったって、一体何が本気なんだよ。
俺の気持ちがですよ。こんなに人を好きになったことはないです。本気なんです。
うるせえうるせえ。寝てろ当分。ったく、ちかごろの若いのはなに考えてるんだかなあ。妙なモン溜まってるから妙なこと考えるんだ。ソープ行け!ソープ。


寮長、寮長。
なんだよ。
久蔵の奴、牛丼目の前に置いて泣いてますよ。
何だよそりゃ。……ったく、どうした久蔵。
あの……さゆが、さゆが。さゆがいるんです。
何だおい。言ってることがわけわかんねえぞ。いねえよ。どこにも。
いるんです。目を閉じても目蓋の裏にさゆが写るんです。ああ、こりゃいけねえと思って、テレビでも見て気を紛らわそうとすると、いるんですさゆが。
そんなもん出てない番組を見ろよ。チャンネル変えろチャンネルを。
いや、出てないんすよ、出てないんすけど。見えるんです。汐留や、東京オペラシティや、ハーバード大の教室に。
……どうでもいいけど、見てる番組がめちゃくちゃだな。
それで、これじゃいけねえと思って学校に行くと、教授がさゆに見えるんです。んで、ダメだと思ってコンビニに行けばさゆ。あっちを向いてもさゆ。こっちもさゆ。ああ、これじゃいけねえと思って飯でもかっこんで寝ちまおうと思うと、どんぶりの中にさゆが写るんです。
もう、さゆが好きすぎてどうしていいかわからない……うう。
おいおい、しっかりしろよ。泣くんじゃないよ。
もう、ダメです。このままでは生きていけません。
しょうがねえなあ。いいか、相手はアイドルだろ?コンサートとか何だ、握手会とか色々あるんだろ?会いに行けばいいじゃねえか。
違うんです。違うんですよ。私はただ、さゆにこの気持ちを伝えたいだけなんです。言葉を……自分の……
うーん。そんなこと言ってもなあ。ダメだろよ。一般人がアイドルと話すなんて。無理だよ。あきらめな。
でも、でも、それこそ無理です。あきらめるなんて、そんなことできるわけないでしょう。寮長だって人を好きになったことあるでしょ?その気持ちは本物だったでしょ?
いや、ま、そうかもしれないけどさ。相手はアイドルだよ。ちょっと……
違います!そんなことを言ってるんじゃないんです。好きになった気持ちに、アイドルとか、何だとか、関係ないでしょ!
はい。そうです。……いやいや、関係ないわけじゃない気もするけど、第一、お前どうすんだよ。会いたいって言ったって会えるもんじゃないんだぜ。そりゃ、俺に何かコネでもあればあわせてやりたいけど、こればっかりはなあ。学生寮に7年いるけど、何のコネもないからなあ。
……あ、そうだ104号の藪井。いたろ。あいつ。学校にも行かずに全国飛び回ってるあいつ。あれ確かアイドルの追っかけやっててぐずぐずになってんだろ。ろくでもねえんだってなあ。あいつ連れてこいよ。なんか知ってるだろ。


あ、ども。お久しぶりです寮長。
おひさしぶりってのもなあ。俺7年ずっとこの寮にいるんだぜ。
すいません。最近イベ連発でスマが推されててユーストリームで流れててもやっぱ現場だからなかなか寮にも寄れなくて。
何を言ってるのか訳分からないけど、まあ、いいや。お前さん、あれか、モーニング娘の道重って知ってるかい?
いや、知ってるも何も。ご存知ないんですか? やだなあ、ロンハーとか見てない?今うさピーは?あいまいナは?
いいよ、知らないよ。いやな、あの久蔵だよ、あいつがその道重見て惚れちまったってやつだ、で、会いたい一心で飯ものどを通らない。牛丼に涙の粒を落としてるようなカタチでさ、お前さんなら、アイドル詳しいだろ。何かいい作戦考えてやってくれよ。
会いたいって、会うだけならコンサとか舞台とか行けばいいじゃないですか。コンサなら市公会堂とか来ますし、行けますよ。
いや、そういうんじゃないんだってよ。その、会って、好きだって話がしたいって。
話?じゃあ握手会かなあ。でも、握手会ったって一声かけられるかどうかくらいですよ。ハワイとかなら多少余裕あるけど、それでもどっこいどっこいですしねえ。
おいおい、それじゃやっぱり会話するってのは厳しいのかい。久蔵もうへろへろにまいってるんだ、なんかいい知恵貸してやってくれよ。
あ、そうだ、FC特典ですよ。ファンクラブに入ってポイントためればツーショット撮影のときに会えますよ。これが一番長く時間が取れる。
ポイント?
スペシャル会員になるとクレジットカードがもらえて、それを使うとポイントがたまるんですよ。で、その ポイント分で自分の押しメンとツーショット撮影ができるって、そういう特典があるんです。
おお、いいじゃねえか。じゃあ、クレジットをバンバン使えば二人で会話できるチャンスがあるんだな。
まあ、そうですけど3000ポイントですよ。金額にすれば300万円使わないといけない。久蔵にできますか?
んー。あいつ寮内でも1,2を争う貧乏だからなあ。……おい、久蔵。そういうわけだ、会ってきちんと話をするには300万かかるってよ。どうする?
やります。
いや、やりますはいいけど、ちゃんとわかってんのか?300万だぞ。
やります。バイトします。ポイントさえ貯めればさゆに会えるんですよね。
ああ、うん、会える…よな?
いや、まあ、会えるっていっても……
やります!こうしちゃいられません。お茶漬けください。鮭茶漬け! 13杯!
うるさいな。なんでそこだけ古典どおりなんだよ。……おい藪井、久蔵張り切っちゃてるけど、大丈夫かい。
なに、しばらくすれば目も覚めますよ。


さて、それから3年の間、久蔵さんは学校へも行かず、ひたすらにバイトバイトの日々。もう働いた働いた。
多い時には、日に6件の家庭教師を掛け持ち、その深夜に道路工事で赤色灯を振るという活躍ぶり。


寮長、寮長。
おう、久蔵じゃねえか。最近さっぱり寮で顔見なかったけど、大丈夫か?なんか顔が青黒くなってるぞ。
へい。お久しぶりです。寮長。……寮長!
わわ。なんだ、どうしたい。
貯めました。貯まりましたよ。
…?何。何がたまったって。
ええっ。忘れちゃったんですか。さゆですよ、さゆ。ポイントがようやく貯まったんで、会いに行けるんですよ。
ええっ。覚えてたのか。よくもまあ3年の間、学校にも行かずに働きどおし働いてるから、どうしたのかと思ったら。そういうことか。
寮長も3年ずっと寮長やってるんですから、たいしたもんですよ。
大きなお世話だよ。でもな、お前。300万もどうやって使ったんだよ。
へえ。寮長も御存じかもしれませんが、俺小さい頃に親父が死にましてね。それで、兄貴と俺、二人兄弟をお袋一人で育ててくれましてね。
ああ、そうだっけなあ。郷どこだっけ。上総湊、千葉か。
まあ、兄貴とおいら二人で大学行くなんてのは、どだい無理な話だから。でも、お前は、しっかりと勉強するんだと言われて。兄貴は残っておふくろの面倒を見てます。俺は何とか奨学金もらってここに通ってるって……いけませんね、しめっぽくなっちまって。
いや、んなこたねえよ。
だから、バイトで金貯まったら着るもの食べ物、家電なんか、アマゾン通して実家に送りつけてます。
そうか、そうまでして出してもらった学校にも通わずにアイドルにはまっちまって……ま、でも、それだけの仕送りしてるんだ。おめえの料簡も立派だよ。よし!行って来い。
久ちゃん。久ちゃん。
わあ。藪井このやろ。どっから湧いて出やがった。
へへ。あっしも300ポイントためたんですよ。ちょうど同じ会場なんで、一緒に行きましょう。
なんだい。藪の字、お前も貯め込んでたのか。
へ。まあ、あっしの場合は全部CDや遠征の交通費になりましたけどね。
お前はひどい親不孝者だな。まあ、いいや。やっぱ場慣れしてるやつがいないとどうにも不安だからなあ。じゃあ、藪井。よろしく頼むぜ。
ええ。まあ、そりゃいいんですがね。久ちゃん。とりあえず、そのカッコだ。3年の間おんなじ服着てるから、もうジャージなのかスウェットなのかパジャマなのかわからないようなそのカッコはなんとかしないといけない。そんななりでキモがられては元も子もないからね。
でも、もうお金が……
そんな心配すんなって、一世一代の大舞台だろう。おう。寮のみんなすまねえ


ってんで、寮長が声をかけて、寮生がわらわらと集まってくる。まあ、元が貧乏所帯で、それだけにみんなの繋がり、結束は強い。
それぞれが、とっときの一張羅を持ち寄って、


よしよし。馬子にも衣装たあこのことだな。びしっと決まってんじゃねえか。じゃあ、いってこい!


……二人して出発しまして、会場は神戸こくさいホール。高速バスで朝一番に乗り込み、向かうはホール入口のエントランスです。


久ちゃん、久ちゃん。
は、はいっ!
緊張するなってほうが無理か……久ちゃん。おいら考えたんだけど、ひとつ作戦だ。

このままツーショットに流れ込んで、さゆ目の前にして、好きですだの言って。二言三言話しておしまいじゃ、3年の間頑張ったお前さんがかわいそうだ。
で、でも、どうするんですか?
今からオレがねばるから、その隙にさゆに近づいて言うんだ。
い、言うって何を言うんですか?
なんでもいいんだ。お前の気持ちをしっかり伝えて来い。
次の方、どうぞ。
よし。いいかい。なんとか時間を稼ぐから、その隙にさゆに言うんだぞ。


さあ、ところがここで悪名高い「剥がし」でございます。


あ……あの、さゆみさ……
あ、ありがとうございま……


最後まで聞く暇もなく腰を掴まれ放り出されるように剥がされた。


あ……ああ……
久ちゃん、久ちゃん。どうだ、言えたかい?
……ぐずっ……ううっ……
あ……やられちまったか……しょうがねえ、とにかく帰るんだ。


ってんで、ほうほうのていで名古屋に帰ってきた。それから数日後、


おい!藪井!藪井!
へい。なんすか、寮長。
おい。あれから久蔵、部屋に引き籠っちゃって俺も入れてくれないよ。どうしたんだ?
いや、まあ、剥がしにあっちゃったみたいなんすよね……あれです、まあ、言いたいこと言えなかったんですよ。
言えなかったんですよって、お前、3年寝ずに頑張ったんだぞ。そんなひどい話……
そんなひどい話がまかり通るのが、今の現場なんですよ。それで心が折れてちゃあ、ヲタなんてやっていけないんです。
でも、それにしたって……おい、なんか考えてやろうぜ。そりゃ、あんまりだろうがよ。


それじゃ、ってんで、ありとあらゆる手段に訴えて……ここら辺、あんまり言うと生々しいのでね。……詳しいことはBUBUKAでご覧下さい。
えー、身分を偽って、一晩700万の条件。都内の高級ホテルの一室で会える、と。ここまでの条件を整えた。


久蔵……、ま、今話したとおりだ。とりあえず700万。それでお前は×××[ピー]の社長の御曹司ってことだそうだ。これなら完全にサシで会える。
……
どうする?まず、700万だぜ。
お金の問題じゃないです。これまでの倍働いて、3年で700万拵えてみせます。
うん……。それで、お前は社長の御曹司てことだ。……話ができればいいんだな。望めば、その先……
やめてください!
……わかった。何も言わないよ。とりあえず、よく考えろ。肚据えないと。気持ちが固まったらまた、声かけろい。


さあ、それから久蔵さんまた3年の間、言葉通りそれまでの倍働いて、血を吐く思いで700万貯めました。


寮長、寮長。
お、久蔵か。どうだ、覚悟決めたか?
……はい。
そうか、じゃ、何も言わねえ。行って来い。
寮長、ひとついいですか?
ん?何だ。
寮長いつまで寮長やってるんですか?
うるせえよ!ほっとけ!


さて、久蔵さん。指定された高級ホテルの最上階スイートで落ち着きなくうろうろして待っている。すると、ベルが鳴り、ドアを開けて道重さゆみ、その人が入ってきて、


……こんばんは。うさちゃんピース
……
あ、…あんまりこっちのキャラ好みじゃなかった?
……
じゃ、じゃあ。シャワー使っていいですか……


俄かに久蔵さん、土下座して、


すいませんっ!嘘です。嘘でした。俺は…ただの学生です。
!……どういうことっ?!
あなたを名古屋駅で見かけてから、ずっと、ずっと好きで……好きで。一度でいい。一度でいいから会ってお話がしたいと。
でも、どうしていいかわからなかった……それでも、寮のみんながよくしてくれて。久蔵、久蔵って。がんばれって。
それで3年の間、夜も寝ないでバイトして、ポイント貯めて、そうすれば会えるって……で、神戸で握手……できたんです。けど、とても話なんてできなくて……
ああ、これでおしまいなのかと思うと、もう、ぜんぜんダメで。でも、そんなときでも、みんなは励ましてくれて、色々考えてくれて、今日のこの算段も……
だから、それでまた3年間、それまで以上に必死になって、700万貯めて。それで、嘘ついて。身分偽って、ここに来たんです。
でも、本当のこというと、不安だった……本当に会えるのかって……
それで……結果的にだますことになってしまったのは、申し訳なかった……です。
でも!
…………こっちを見てはくれませんか……しかたありません。俺が悪いんですから。……会えた……会えた……
でも、きっと今日が最後です。もうお話することは、できないかもしれない。……ただ、この広い空の下で、もしかしたら、すれ違ったり、そんな偶然があるかもしれない。
そんなときに、木で鼻をくくったように無視しないで……元気でいるって、うさちゃんピースをしてくれませんか。……その姿さえ見られれば……それだけで、生きていけます。
すみませんでした。帰ります……
待って!


それまで、伏し目がちにじっと聞いていたさゆの目から……瞬きをした拍子に、ぽとりと涙の粒が落ちた。


その話……ほんとう……?
も、もちろんです。ここまで来て、嘘なんかつきません。
わたしに会う、それだけのために6年間……、軽蔑したでしょ。こんなことやってるなんて……
そんなことありませんっ!そりゃ、最初に聞いたときは……驚いたけど、でも、そんなこと関係ない!あなたを好きな気持ちは変わらない!!
……わかんない!わかんないよ!わたしはこんなにわたしのこと嫌いなのに……なんで、こんなさゆみに……。そんなに……
僕にもわかりません。でも嘘じゃない。嘘じゃないんです。正直な気持ちです。……だから……この気持ちに……嘘はないから……
でも、あなたはこんなところに来るべき人じゃありません。きちんと学校を卒業して、まっとうな社会生活を送ってください。
でも、こうして会えて、話もできて、夢がかなった……かなったはずなんですが……すみません。浅ましいことですが、ほんとうはまた、また会いたい。気持ちが抑えられない。
……あなたの気持ちは嬉しいんです。でも、さゆみは、あなたが思っているような、そんな……そんな人間じゃないんです。
この世界で生きていくために、思い出したくもない汚いものをいっぱい見てきたし、いっぱいやってきました。あなたのようなきれいな目は、もうないんです。
もうさゆみの中には、きれいなものなんて何にも残ってないのよ。……なんにも。
……見てください。窓の外。
……?
俺は千葉の田舎で育って、……星空がきれいなところでした。それで、都会に出てくるときに、都会の空じゃあ、もう、星は見られないと思って諦めてたんです。
けど、みてください。ほら、ひとつ……ふたつ。数は少ないけれど、しっかりと、星は輝いてるんです。どこにも無くなってしまったわけじゃない。
あなたも同じです。あなたの輝きはなくなってしまったわけじゃない。
俺には、何にもないし、バカだから……あなたの苦しみ……だけど、星に誓います。あなたを愛すること。愛し続けることを。
……その言葉、嘘じゃない?
はい。
……わかりました。来年3月15日、わたし……娘を辞めます。そうしたら、あなた……わたしと結婚してくれますか……?
!……はい。


後日の証拠にと頭につけていたうさぎのボンボンをほどいて久蔵の手に握らせ送り出した。
さあ、久蔵さんはもう地に足がつくはずありません。ふわふわして寮に戻ってきて……


どんどんどん!うにょったらあああ!らあ!えいおらかあああ!
なんだなんだ、おい。山から獣でも下りて来たのか……あ!久蔵!帰って来たのか。
たた、たらいまもろりまひたあ。
おいおい、しっかりしろよ。大丈夫か、水飲め、水。
……んっ。はあ、はあ。ただいま戻りました。
おう、お疲れ。どうだった、会えたか?
は、はい。来年3月15日です!
なんだ?どうしたんだよ。
あの、来年3月15日にさゆと結婚するです。
あー。病気がひどくなっちゃたよ。やっぱ行かせるんじゃなかったかなあ?…ふん、なになに?二人っきりになって、それで……想いを伝えた。で、3月15日に娘辞めて結婚するって約束した?!信じられないけどなあ……そんな話。


さて、久蔵さん。それから、ずーっと来年3月15日、来年3月15日とつぶやき続けて、今度は必死に勉強しだした。
聞いてみると、来年3月15日までに単位を取って学校を卒業する。そうして、さゆを迎えるんだと、これまた大変な意気込み様で。
もうそのつぶやきが余りにひっきりなしなので、もう誰も久蔵とも久ちゃんとも呼ばなくなり。


おい、来年3月15日!
はい。
早く飯食え。
はーい。


てなもんで……さて、年が明け、睦月如月弥生とあっという間に月日は流れ、ついに3月15日、その日でございます。


寮長……来ますかね。さゆ。
ばか!お前まで久蔵がうつったのか。来るわけねえじゃねえか。あーあ、さゆもなんだってそんな罪作りな嘘つくかなあ。
でも、来なかったら、久蔵どうなちゃうんでしょうか……
そこだよ、心配は。あいつ信じ切ってるからなあ。変に思いつめなければいいけど……


みんなで食堂に集まって、どうしたもんかと話している。と、そこへ……


どんどんどん!みんな!みんな!ふあゆ!ふあゆふあふあふあ!
なんだなんだ!落ちつけよ。しっかりしゃべれ……って……
すみません。久蔵さんは、こちらですか。
しゃ、しゃしゃしゃ、しゃゆ!さゆ!おい!久蔵!来たぞ!!


うわーっと物凄い声で叫んで、二階から転げるように降りてきて、足がもつれ、どた、どたた!
ちょうどさゆの足元にすがるような格好になり、


……来てくれたんですね。
約束でしょ。
……嘘じゃ……嘘じゃなかった……
あなたは本当の気持ちを伝えてくれました。だからわたしも、嘘はつけません。
……うう。……ぐすっ。
久ちゃん。うさちゃんピース
……ははっ。う、うさちゃんぴーす……
これから、よろしくお願いします。かわいがってね……
もちろんです。世界一、かわいいひとなんですから……
……ううん。違う。宇宙一でしょ。


……そうして、二人は結ばれ、共白髪まで添い遂げたといいます。
傾城に真無しとは誰が言うた、真あるほど通いもせずに。振られて帰る野暮な男の憎手口。……紺屋高尾改め名古屋大さゆみんの一席でございました。