こがねもち

AKBってわたしもそんなに詳しいわけではないんですが、彼女たち大変ですね。あの選挙制度どうですか?ねえ?
搾取だAKB商法だといっても、なんだかんだいって投票する側はね、好きで買ってるんですからいいですよ。ヤなら買わなければいいだけの話ですからね。
しかし、厳しいのは投票されて、評価される側でしょうね。そのプレッシャーたるや。まあ、想像を絶しますな。そんなところも込みで商売にするんですから、さすがと言わざるを得ないですよ。秋元さんは。
ひるがえって我らがハロプロにもこうゆうものを導入してはどうかというご意見があったりしますが、なかなか難しいところがあるんでしょうな。
でも例えば、既にデビューしているところでは難しいとして、エッグから投票制でメジャーデビューを決めると、こういうやりかたは比較的ありじゃないかと思うんですよ。
そんなわけで、もし、エッグの体制がそんな投票制度だったらという、サイエンスフィクションのお話でございます。


おい、西念。西念さん。いるんでしょ、入るよ。……うわ。ひどいねこりゃ。開けたとたんにむわっときたよ。ちょっと!エアコンくらいつけなさいよ。
うーん。げほげほ。……あ、真野ちゃん
ちょっとあなた、大丈夫?
うーん。あんころ餅。
へ?
あんころ餅が食べたい。
また、唐突だけど……あんころ餅って、そんなものより何かもっと身体にいいもの食べなさいよ。
いらない。あんころ餅。もう目の前があんころ餅になってるんだ。だめ。
太るよ!
太ってもいい。あんころ、あんころ。
んもう。そんなに言うんなら買ってきてあげるわよ。お金だして。
そんなものがあれば、自分で買ってるわよ。ガスも水道も電気もぜーんぶとめられてるの。お金ない。買ってきて。
えー。わたしだってそんな余裕ないわよ。……買うの?わかったわよ。じゃ、行って来るけど。二つくらい買ってくればいい?
い、い、一万円分。あるだけ買ってきて。
一万円??すごい量になるわよ。
とにかく、一万円分。買ってきて。絶対。
う、うん。わかったわよ。


うんしょ、うんしょ。はい。買ってきたよ。はー。重かった。
ああ、ありがとう。じゃ、帰って。
え!ちょっと、それはないでしょ。言っちゃ悪いけどあたしのお金よ。ちょっとくらい分けてくれたっていいじゃん。
帰れ。
ちょ、あなたねえ。
ぐぐ……ぐすっ、帰って。
な、なにも泣くことないでしょうよ。じゃあ、ここに置いとくから。水とかはいいの?いらない?うん、じゃあお大事にね。無理しちゃだめよ。


……ってなんだよ、おい。あんだけあるんだからちょっとくらい分けてくれたってよさそうなもんだ。冗談じゃないよ、ったく。
あたしだって、ここ二日何も食べてないんだから。まったく…病気だと思うから優しくしてあげれば、この仕打ちだよ。
へへっ。でもね、ほらこの部屋隣からのぞけるんだよ。壁に穴あいて。都内なのに家賃1万円だからね。事務所もいったいどっからこんな物件見つけてくるんだろ。
お。見える。見える。
あれっ。あんこだけ剥がしちゃったよ。なにやってんだろ。あんこと餅を別々にして食べる派?なのかな。それにしたって、あの量のあんこををただ食べるってのは、相当ツラそうだけど……


見ておりますと、くるんでいた餡子を脇へどかして、餅をしげしげと見つめております。
バッバッ!っと左右を見回したかと思うと、懐から投票用のハガキを取り出し、抜くが早いかひとつ一つを餅にくるんで、


おおお、おい。丸のみしてるよ。うわ、わわっ。すごいねえ。苦しそうだけど、うわ。むせかえっちゃたよ。


思わず吐き出した餅を右手ではっしとつかみ、迷うことなく口に放り込む。


あ!そうか、自分に投票されたハガキに、未練が残って死に切れないんだ……
ひええ。恐ろしい、地獄絵だね。げほげほ言って……よだれも垂れちゃてるよ。しかし、この執着心は…あっ!


最後の餅を飲み込んだ瞬間、西念がのたうちまわって苦しみだします。


うう!ぐ!ぐ、ぐ!あ、あ、あ……真野ちゃん
うわ。大変だ。ととと、西念!西念!大丈夫、ちょっと。あんなもの飲み込むから……
……見たな!
ううん。ぶるぶるぶる。見てません見てません。何にも。いや、それより、ちょっと。
ぐっ、がはっ。
ちょ、西念!さいねん!……死んじゃった……どうしよう。あ、餅。結局餅飲んだままじゃない。あのハガキもったいないわね。名前を私に書き換えれば……
うーん。どうにかして取れないかな。口から……ぐい、ぐい。無理か……吐き出さないや。お腹を押せば。うんしょ、うんしょ。んーー。ダメ。
出て来る気配なしだわ。……!そうだ、死んだからには火葬されるよねきっと。その時に焼けたあとから抜き出せばいいんだ。
うん。じゃあ早く事務所に電話しないと、


……ってんで、真野ちゃんから連絡を受けた事務所は大慌て……かと思いきや、


ああそう。うん。わかったわかった。……あーあ、また厄介ごとだよ。どうする?うん。エッグだし、いいかあ。……だな。
おい、佐保!西念が死んだってよ。お前行って葬式とかなんか手配してこいよ。


まーったく、なんだってわたしがそんなことしなきゃなんないのよ。
まあまあ、佐保ちゃん。そこは同じ釜の飯を食べた仲なんだから協力してあげようよ。
花音……なんか、やけに乗り気ね。でも、まあそうね。死ねば仏よね。


さて、そんなわけで西念さんを入れる棺桶は事務所がどこからもってきたのかしれないベニヤで作られた粗末なもの。
もちろん、霊柩車を呼んでくれるはずもなく、どっから持ってきたのかまったくわからない人力車。それを車代わりにアパート……いや、もうバラック、掘立小屋と呼んだ方がいいようなものですね。そこに横づけにして、告別式の真似ごと。100円ショップで買ってきた線香を焚いて、公園のベンチ脇に据え付けてあったのをパクってきた灰皿に灰が敷き詰められています。焼香の代わりはしけもくの中身をほぐし出したもので、そんなものをくすぶらせるもんですから、焼香するたびにあたりにセブンスターの湿った臭いが充満します。


はい、ごめんよ。
あ。これはこれは山崎会長様、よくいらしてくれました。ささ、どうぞ奥へ。
奥ったって、お前、狭くてこれ以上上がれないよ。あーあ。死んじまったねえ。目をかっと見開いて、おそろしいねえ。おい、これ閉じなさいよ。
へえ、それが、閉じないんですよ。
閉じないってそんなわけ……あれ?……うん?……んしょ。あれ、駄目だなあ。
でしょ。西念姉さん今回の新人公演、気合入ってたし、なんとかここで目に留まってメジャーデビューするんだって息まいてたから、きっと未練が残って死んでも死にきれないんですよ。
ふーん。まあ、いいや。さっさと済ませようか。はい、南無南無。さようなら、と。それじゃ。あとはよろしく。


そそくさと出ていきます。さてそんなこんなで、このぼろアパートがある赤羽橋を皆がわあわあ言いながら出まして、赤羽橋の交差点をわたって芝公園の脇を通りまして、左手に東京タワー、右手に増上寺を眺めながら、プリンスホテルの下を通り、御成門の交差点を抜けて第一京浜に出る一本手前の通りへ折れまして左右にそびえるビジネスホテルやら集合ビルやらをくぐり、ガード下をくぐって新橋の梅さんのモデル事務所についた頃にはみんな大層くたびれた。言ってるほうもくたびれた。


どんどんどん。おう! 梅さん。梅さん! あけとくれよう。おーい。
うう、誰だい。こんな、暮れ方に。うー……あ。真野ちゃんじゃない、どうしたの?
見ての通り、エッグが一人しんじゃったんだ。これ、ちょろっとでいいんだ。お経をあげてやってくれない?
うん。わかった、ちょっとまってなさい。……と言ったものの何もないんだ。モデル仲間と楽屋で博打やって、すってんてんなんだよ。
なんでもいいからさ。形だけでもやってよ。
わかった、わかった。それじゃそこに座って。仏さんは。ああ、これね。じゃ、そこに置いて。はい、じゃあやるよ。きんぎょーきんぎょーでめきん……
おいおい、なんなのそれ。
イスラムのありがたいお経。
うそつけ。金魚金魚言ってたじゃない。
古典の様式を変えない。という熱い要望にお応え……
全然変わっちゃってるよ。
まま、いいや。では、お布施の1万円を。
何?
1万円。
そんな金ないよ。
そんなことないでしょう。わたしがキッズの頃だってそのくらいは出ましたよ。
今は時代が違うの。キッズみたいな先行投資には会社もそれなりのケアをしてくれたんだろうけど、あたしらエッグは研修生の立場で十把一絡の扱いなんだから。とにかくそんなお金はないよ。
じゃあどうすんのよ。
こうだ!
あい痛っ!
えい!えい!
ぐ、ぐほっ。
おらっ!……へっ、まあこんなものよ。
げ、げぼ……
エッグで生きてていくには、コレが必要なのよ。わかった?……さあ、みんな。運んでくれてごくろうさま。じゃあ、ちょっと降りると新橋だからそこで自分の金で好きなだけ呑んでちょうだい。
ちょ、ちょっと。何よ。ここまで運んで来たのよ。ちょっとくらい真野ちゃんが出してくれてもいいじゃない。
ふーん。ねえ梅さん、大丈夫?痛い?あー、痛いよねえ。つらいよねえ。いやだよねえ。殴られたくないよねえ。
……んんん。わかったわよ。行くわよ。その死体はどうすんのさ?
あ、これ?これはみんなに悪いから、わたしがこれから焼き場まで持っていくわよ。じゃ、みんなフライデーに撮られないように気をつけてね。お元気で!うふふ。


さあ、そうして真野ちゃんは、西念を乗せた人力車を引っ張り知り合いのやっている火葬場へ、夜道を向かいます。


はあ、はあ。やった。やった。これでエッグから逃れられる。ほんとにここは地獄だよ。
毎日毎日、先の見えないレッスンで飯も碌に食べられないから、みんな身長が止まっちゃうんだ。めしったって、コンサートツアーでもあればケータリングの残りがまわってくるから、まだいいや。普段だよ、きついのは。裏の……はっ、はっ。コンビニで余りものの弁当もらうんだ。ホームレスと縄張り争いになって。目がちかちかしながら腐りかけの弁当食べるんだ。お腹がすいてると、腹に入れたものがダイレクトに身体に響いてきて、悪いもん食べると凄い勢いで身体が拒否反応を示すんだよ。でも、それでも、腹に何もないよりはマシだから、身体が二つに引き裂かれるようなところを、必死になってがんばるんだ。……う、はあ、はあ。
ほんとにエッグは虫けら以下だよ。西念だって、必死だった。なのに死んだらもう、あっさりお終いだ。金にならなきゃ、なんにもならない。
あたしは絶対このままで終わらない。終わってたまるか。何のためにこれまで、必死で生き延びてきたんだか、わかりゃしない。
くそっ、目がしみる……汗だか涙だかわかんねえや。……負けない。はあ、はあ、負けないぞ。


はあ、はあ、はあ……うえっ。着いた。どんどんどん!おい。真野だよ。
なんだい。ああ、真野ちゃんか。どうしたこんな夜中に。
死人がひとりできちまったんだ。焼いてくれよ。頼む。
こりゃまたずいぶん乱暴な話だなあ。まあ、真野ちゃんの頼みだからやらないこともないけど。
あ、それでね。お腹は生焼けでお願いね。
何言ってるんだい。そんなこと無理だよ。
そこをお願いよ。ね。
しょうがねえなあ……とにかくよこしな。ほらよ。


ひょいと西念の亡骸を焼き場に放り込む。さて、明け方まで真野ちゃん暇になりましたので、新橋に戻って飲み屋の周りをうろついております。
ビルの隙間に置かれました空ビンの底にたまっているものをつぎ足しつぎ足しして飲みながら……


はあ、くそ。みんなうまいもん食ってやがんだろうなあ。栞菜はうまいことやりやがったなあ。あいつも随分ハガキ貯め込んでたって、のっちも言ってたから。
畜生。メジャーになったら絶対に食い物に困らないように、貯め込んでやる。死ぬまで、死ぬまで貯め込んでやるんだ。
……西念。お前の気持ちわかるよ。死ぬことよりもつらいもんな……心を潰されるのは。
所詮キモヲタの気まぐれだろう、こんなハガキ。……わかってるんだ。こんなこと、ヲタどもの自己満足だってことぐらい……
ぐっ、でも、これがなければ……これは、あたしたちなんだ……あたしたちそのものなんだよ。人気なんて風向きに惑わされてなぶられて。それでもアイドルになりたきゃ生きていくしかないんだ。ハガキを集めるしかないんだ……げぼ。げぼげぼ。……へへ。酔っぱらうのもあまり気分のいいもんじゃないね。くそ。


さあ、そうこうしているうちに夜は白々明け。カラスの鳴き声がするが早いか、焼き場に戻った真野ちゃん


どんどんどん!おい!開けろ。開けろ。
んーーーー。うるさいなあ。真野ちゃんだろう?開けますよ。ほら。
っしょい。どうだ。焼けたか。
はい。こちらです。
あ!てめこのやろ。ぐすぐすに焼けちまってるじゃねえか。生焼けって言っただろ。
だから、そんなの無理ですよ。
うるせえ。この間抜け。大丈夫かあ。残っててくれよ。


懐から取り出しましたのは、先ほどのビール瓶を割ったもの。その尖った部分で腹のあたりをめったやたらに突き刺し、


えい。こら。このやろ。や。でや。
おおおおおおいおい。何してるんだよ。
うるせえこの野郎。引っこんでろよ。
あわわわわわ。なんてことを。罰が当たりますよ。
へっ。こちとらもう失うものなんかないんだよ。てめえに地下アイドルの辛さがわかるかって。……おっ。あった。あった。燃えずに残ってたぞ。ふっふっふー。ぺっぺっ。へへ。来た来た。ばっばっ。
わわ。なんでハガキが出てきてんだ。
うるせえ!いいからお前はもうしょんべんして寝ろ!このやろ。ふっふー。ぱっぱっ。ぶへっ!げほげほ。はっ、はっ。ないか。あ!あったあった。ぶへへへ。
……よし。よし。もうないな。へへ。よし。じゃ、お疲れ様。
お、おいおい。お代をおいてけよ。
うるせえ。餅が焼けてるだろ。それが駄賃だ。


ハガキを持って行ってしまった。
このハガキを元に真野ちゃんはエッグ選挙でトップ当選し、その後、見事ソロデビューを果たしたという、大変におめでたい一席でございました。