死海の感想

Ⅰ.日本海庄や ランドアクシスタワー店 〈巡礼 1〉

「いや、しかし、小春ちゃんの歌はスゲーな」
「本当にね。聴いた瞬間に「ええっ?!」って聞き返すからね。『HOW DO YOU LIKE JAPAN?』なんかは特に」
「普通に歌が不安定な人……まあ、例えば道重さんなんかだったら、「がんばって!!重ピンク!」みたいな感じで見ているこっちがコブシにぐぐっと力が入るんだけど、小春ちゃんの場合は、もう、そんな暇もなく衝撃が身体を駆け抜けるからね」
ディープインパクトだ」
「そうそう(笑) なんだろね、あれ」
「それがいわゆる「ミラクル」なんじゃないの」
「なるほどね。確かにあの歌声は聴く人の魂を震わせるもんなあ」
「木曜日に中野で松浦さんのコンサートに行った後もそんなこといってたじゃん」
「だからさ、今のハロプロで観客の魂を揺さぶる歌が歌えるのは松浦亜弥久住小春か、なんだよ」
「ベクトルがぜんぜん違うけどね。ってか、小春ちゃんをボロクソに言いすぎじゃないの?」
「ま、これも愛あらばこそですよ」


Ⅱ.副部長 〈群像の一人 1〉

頭に白いものが大分混じるようになった。
毎朝、鏡の前でそれを確認する度に、「いい年」になってしまったんだと思う。会社では肩書きのつく身分になり、理不尽なことに対して闇雲に怒りを表すことも、無関心を決め込むこともできないポジションに何時の間にか立っていた。
上司に散々くだを巻かれた居酒屋から帰っても、家には誰も居ない。足取りも覚束ないのに蛇口からコップに零さず注いだ水は、苦い味がした。
そんな日々に光を点してくれたのは、紺野さんだった。自分より二回りも年下のアイドルに今更ながらハマってしまった自分が、情けなくもあり、照れ臭かった。
自分を前へ前へと出していかなければならないはずの世界で、まわりを見てしまうがゆえに遠慮がちになってしまう彼女は、言いたいことを結局何もいえない私の姿に重なって見えた。
そんな彼女が大学進学を目指して卒業すると言った。
狼狽して、とにかくチケットを手に入れることしかできなかった。
7日の夜公演、私はいつものように精一杯踊る紺野さんを見ながら思った。
彼女に勇気をもらって私も会社を辞め、新しい世界へ踏み出す。そんなことが言えたらどれだけいいだろう。私にはそんな勇気はない。
でも、紺野さんの卒業と同時に、自分もヲタを卒業する。その勇気は出してみよう。もう、紺野さんに頼らなくてもいいように、少しだけ強い自分になろう。
そう、思った。


Ⅲ.和民 大宮東口駅前店 〈巡礼 2〉

「それにしても、今回の松浦さんのパンフレットはいい写真だらけだよね」
「だからって、開演前に前のほうの席の人が見てるのをまじまじと覗き込まないでくださいよ」
「だって、ねえ。しかし、クオリティが高いよな、どーしたんだろ」
「いいことじゃないですか。クオリティが低いよりも500倍はいいことですよ」
「そうだね。でも、みんな見るペースが速すぎるよね。他にも見てる人がいるんだから、もっと1ページ1ページじっくり見てほしいなあ。あと、カントリーのページをさくっと飛ばすのもやめてほしい」
「そんな、覗き見の人を意識して読んでる人なんか普通いませんよ」
「なんで? 俺は一人でコンサートに行った時とかは待ち時間中に写真集をなるべく広げて見るようにして普及活動してるけど」
「だから、それが普通じゃないんですよ。そんなことしてるのは、あなただけです」
「えーっ。でも、そうすればひょっとして「あ、いいかも」と思って買ってくれる人がいるかもしれないじゃない」
「でも、あなたはパンフレット買ってないじゃないですか」
「う……でも、俺はDVD買ってるからね。この裏ジャケに羽根が散らばって、あたかも松浦さんが鳥を食べ散らかしたみたいに見えるヤツを」
「変なこといわないでくださいよ。今度からそうとしかみえなくなるじゃないですか」
「いやいや、これも愛情なの。うん」


Ⅳ.親衛隊長野支部支部長 〈群像の一人 2〉

俺は叫んだ、納得がいかないと。
バイト先のビデオ屋のレジで俺は暇つぶしに携帯をいじってた。
そしたら、ヲタ仲間から紺野さんが卒業するっていうメールが来たんだ。慌てていろんなところを巡回したけど、どうやらネタじゃなかった。
公式のコメントを読んで、二日間、他の事を一切考えず、飯もロクに食わずに考えてみたけど、どうしても納得がいかなかった。
だから、SSAに来たんだ。本人の口から直接言葉を聞くために。
土曜夜、日曜昼、そして今、日曜夜。一字一句違わずにコメントをする紺野さんがいた。
納得できなかった。
コメントが定型どおりだったとか、そんなことを問題にしたい訳じゃない。その言葉の真偽がどうとかも関係なかった。
ともかく、俺はあの紺野さんから「本当」が感じられなかった。
それなのに周りの連中は拍手なんかしてやがる。本当か?? お前らそれでいいと本当に思ってんのか?! そう思うと無性に腹が立ったし、こんな連中と一緒だと思われたくないと思った。
モーニング娘。に殉じる覚悟を紺野さんに求めるのは間違ってる。本人が決めた道ならそれを見守るのがファンだということもわかってる。
でも、やっぱり納得できなかった。
だから、俺は叫んだ。MCの時に「いやだー!!」と。
周りの空気が白けるのは充分感じたけれど、それでも叫ばずにはいれなかった。


Ⅴ.メディアカフェポパイ池袋店 〈巡礼 3〉

「そういえば、最近ガキさんの髪型がえらくまきまきじゃない」
「そうだね」
「何だろね、あの路線」
「どうなんだろ、よくわかんないけど」
「あれやると、なんかスゴく美人さんになっちゃうからやめてほしいんだよね」
「なんでだよ。いいじゃないか、美人なんだから」
「こないだのハロモニ。の絶叫CMとか特にそんな感じだったからなあ。そう思わなかった?」
「いや、確かにそうですけど、それがヤだっていうあなたがわからない」
「嫌っていうか、何かこう、『INDIGO BLUE LOVE』とかでもそうだけど、ガキさんが歌の表情とかフリとかで艶やかなのをバッチリ極められるとさ、なんか、「大人になっちゃったのね」って感慨に耽るのよ」
「お父さんじゃないんだから」
「だって次の写真集とかで急に巨乳になってたりしたら、イヤじゃない?」
「それは別の意味で嫌だよ。なんで、そんなことになっちゃってんの」
「あの髪に見られるゴージャス志向は叶姉妹とかに憧れてんのかもしれないじゃん」
「それはないから」
「そうなるとこないだの絶叫CMの3人はトリオリズムってことだな」
「てことだな、じゃないよ」
「タチはもちろん亀井さんね」
「……ひどい話」
「愛してるからね」


Ⅵ.私設応援サイト管理人 〈群像の一人 3〉

大宮駅の小便臭い壁に凭れて足を投げ出す。もう疲れた。
13人がかりの頃からの紺野推しで、娘。ツアーにはほぼ全て参戦している。今回の発表は、確かにショックだったけど、来るものが来たという気もしていた。
だから、心は意外と平穏だった。
コンサートを見たら、ぐっと来てしまうんだろう。
そう思っていた。実際、前ツアーの『涙が止まらない放課後』では泣いてたし。
最終公演が終わったいま、ピンクのTシャツは汗だくになったけど、涙は出なかった。
楽しかった。
すごく、楽しいコンサートだった。
わからなかった、何故、泣けないのか。
店内が沸き返るような庄やで鏡月を飲みまくって、その間ずっと考えていたけど、わからなかった。
わかったのは、紺野さんがすごくいい顔をしていたってことだけだった。
べろべろになって、大宮駅を出たところで蹴躓いた。
空は暗くて、雲があるのかないのかよくわからなかった。
青空がいつまでも続くような未来であれ!
もう少し、紺野さんがいない娘。も見てみようかと思った。今日、これだけ楽しませてくれた恩返しに。


Ⅶ.ふたたび日本海庄や ランドアクシスタワー店 〈巡礼 4〉

「『かしまし3』の亀井さんは歌が完全に元に戻っちゃったね」
「ね。このツアーの途中まで、ていうかこないだの名古屋まではいい感じだったのに」
「そういえば、あの歌詞はこないだのレコメン!を聞いてから聴くとまた味わいが深いよ」
「どうゆうこと?」
「そんときは、部屋が汚い人ナンバー1は誰みたいなお題で話してたんだけど、そこにいたメンバー満場一致で亀井さんなのよ」
「そりゃすごいね」
「そのエピソードが、FCツアーで海外に行ったときにホテルの部屋を片付けないだとか、帰国したらしたで、その旅行トランクを開けずに2、3ヶ月放置しただとかどーしょもない話でね」
「へぇ」
「きっと「大事にしてたドライフラワー」ってのも買った時には生花だったのがいつの間にかドライフラワー化したやつなんだよ」
「ひどいこと言わないでよ」
「亀井さんといえば、こないだ亀井さんが巨乳になった夢を見たって人がいたなあ。なんか亀ヲタは頭がおかしいってのを地で行く話だよね」
「ま、そんなセリフをオレンジのTシャツ着たあなたが言うのはどうかと思いますけどね」
「好きだからこそ、こんな風にネタにしてけなしたりするんじゃない?」
「ひねくれてますね」
「でもさ、自分の人生に直接かかわりのない人をこれだけ想えるってのはさ……」
「愛ってことなんですか?」
「そゆこと。そういう気持ちって大事だし、大事にしてほしいよね。だから実は、そうゆうヲタの人を単純にキモいとか言ってばっさり切り捨てるような人ってのが、俺にとってはどうしても許せないタイプの人間のひとつなんだよね。アイドルを応援してる人なんてさ、みんなそれぞれに根底に愛情を持っているんだから、そこのところを汲んであげてほしいんだよ」
「ほかに許せないタイプがあるんですか?」
「うん。頭のおかしい亀ヲタはキモいよね」